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こどもの参加者

【派遣団のこども達の感想】

・ホストファミリーのお母さんからチマチョゴリを着せてもらったことが嬉しかったです。また韓国に行きたいです。

・韓国に行ってソウルの人々の暮らしや食事、歴史などを学びました。最初は緊張してあがってしまったけど、何  日か経つうちに慣れてきて、毎日が楽しくなりました。僕はこれからもアジアの国々との交流を深めようと思います。7月には僕の家にアジアのこども大使が来る予定です。また韓国に行きたいです。

・ホストファミリーと会った途端、緊張のあまりに言葉が出なくなりました。でもだんだん話したいことを言えるようになって、気持ちが通じ合えるようになりました。お別れのとき、こんなにつらいということが分かりました。ホストファミリーとすごした時間は短かったけど僕の心に輝き続けると思います。

・ホストファミリーとお寺やスケートに行きました。お寺には、日本のお寺にある除夜の鐘のようなものがあり、あまり変わりませんでした。気付いた事は、韓国の人は、韓国語と英語が話せるのに、日本人はほとんどの人が日本語しか話しません。いろいろな国の人たちと話すためには、これから英語をもっと勉強しないといけないと思いました。

・日本文化に対する興味も関心もなかった。自分から進んでお茶を習い出したのは、派遣事業で海外に行った時、現地で日本文化を紹介しよう、となったんだけど、その時、私は折鶴を折って見せた。もベトナムの子は民族舞踊を踊ってくれた。折鶴を折ることくらいしか出来ない自分にがっかり。だから自分でも何かやらなきゃ、と思って・・・。日本の文化を知ることで日本人としての誇りを持てるようにもなった。生きていく上で誇りをもてるのは自分が日本人である事なわけだから、世界に出て行ったとき、何が出来ますか、と言われた時、自分は日本の茶道ができます、と胸を張って言いたいし、誇りにしたい。

【ホストファミリーを経験した日本のこどもの感想】

・アジア太平洋こども会議の体験は、何か”役に立つ“・・・というより自分の中で力、糧になっているって感じかなぁ。そう思うのは、ホームステイで彼女との出会いや別れがあって、それがずっと心の中に残っていて、海外に対する先入観がなくなっているから。何でもやってみよう、いろんなことがしたい、と思うようになったのも彼女との出会いがあったから。やはり最初のホームステイが原体験。派遣事業でベトナムに行ったのも、彼女に会いたい、と自分から親を説得して、親と約束をして。あんなこと、よくできたなぁって今振り返ったら思うけど、行動力が生まれた。自分の考え、意見をもって、行動する、実践するということが出来るようになった。自分でもすごく大きな変化だと思う。彼女と出会わなかったら、何となく普通に高校生、大学生になって、こんなこと考えたりしてないと思う。そんな人との出会いの場を与えてくれたのは全てアジア太平洋こども会議。

・アジア太平洋こども会議で得たものは、新しい視点。自分の常識が覆される経験をした。三食食べて当たり前、食べ物を残したらいけないというのが地域と文化に根ざした常識だということを知った。これがもっといろんな人と友達になりたいと思うようになった原動力。貧困の途上国、という印象が、実際触れ合うことでその人の朗らかさ、明るさに接し、経済的貧困イコール貧しさではないんだ、という思いを持ち、国際協力に関わる事がしてみたいという望みへつながった。開発援助、何かしてあげるという言葉が大嫌い。国際協力に関わるボランティアの意識の中に、「してあげる」や、それをベースにした部分も多いけど、私はまったく逆の発想。アジア太平洋こども会議を経験したからこそ、同じ視点で、一緒にハッピーになれるようにやっていこうよ、と思う。大人になって学んだことではなく、子どもの頃に学んだ「気持ち」「心」から出発できて本当によかった。

【元こども大使が語ったこと】

・アジア太平洋こども会議は私の人格形成において重要な位置を占めています。アジア太平洋こども会議の経験は私に人生にとって大切な価値を植え付けてくれました。それは仲間である人間を無私無欲に国籍や肌の色にも関わらず愛する、ということです。アジア太平洋こども会議を通して私はもし世界の国々が平和に一緒に歩んでいこうとすれば、我々の住む世界はもっと素晴らしい場所になるだろうということを学びました。アジア太平洋こども会議への参加によって私はコミュニティで進んで責任を担い、他の人をも同じように励まして動かしていくよう勇気を得たのです。私の日本滞在はほんのわずかな時間でしたが、その幼い頃の経験は地球市民としての思いに火をつけてくれました。(1998年インドから参加のこども大使)

・私は、地図の上でも赤道近くのほんの点としか見えないキリバスという国出身です。地球温暖化の影響で、キリバスは海に消えてなくなりつつあるのです。アジア太平洋こども会議は、アジア、そして太平洋の国々が手を取り合って対話し、考えを共有し、世界中に平和を広げていける、そんな場所です。だから、アジア太平洋こども会議は沈んでいっている私の国にとってライフジャケットのようなものなのです。私はアジア太平洋こども会議の一員でいられることで安心感を覚えます。他の国々と手を取り合うことはきっと地球温暖化を止めることにつながるはずです。(1994年キリバスから参加のこども大使)

・アジア太平洋こども会議は私に大きな刺激を与えてくれました。今に至るまで私は前向きに有意義な人生を歩んでくることができています。この経験の旅以来、私は異なる文化や他国の人々の価値観を尊重するということを学びました。愛と相互理解と尊敬の心をもってすれば、あらゆる国の人々は1つの大きな家族として和して生きていくことができるだろう。アジア太平洋こども会議のお陰で私の人生は大きく変わったのです。そしてその経験はその時点で終わることなく、私の中でさらに大きく育ち続けているのです。(2002年香港から参加のこども大使)